スウェーデン・アカデミーは5日、2017年のノーベル文学賞を長崎出身の英国の小説家、カズオ・イシグロさん(62)に授与すると発表した。賞金は900万スウェーデンクローナ(約1億2500万円)。授賞式は12月10日にストックホルムである。
 イシグロさんの名が発表された瞬間、報道陣からは驚きの声が漏れ、拍手が続いた。授賞理由は「人と世界のつながりという幻想の下に口を開けた暗い深淵(しんえん)を、感情豊かにうったえる作品群で暴いてきた」とされた。アカデミーのサラ・ダニウス事務局長は「ジェーン・オースティンとフランツ・カフカをまぜるとカズオ・イシグロになる。そこにマルセル・プルーストを少しだけまぜるとイシグロの作品になる。彼は非常に誠実な作家で、彼自身の美学の宇宙を作り上げた」とたたえた。
 イシグロさんは英BBCの取材に、ノーベル委員会からまだ連絡を受けていないとしながらも、「最高の栄誉。偉大なる作家たちの歩みに加わることを意味するからこそ、素晴らしい表彰だ」と話した。
 イシグロさんは1954年、長崎市生まれ。現在ロンドン在住。日本名は石黒一雄。5歳の時に父の仕事の都合で一家でイギリスに移住し、83年に英国籍を取得した。
 82年の長編デビュー作「遠い山なみの光」で、王立文学協会賞を受賞。2作目の「浮世の画家」(86年)でも英国内の賞を受けた。この2作は戦後の混乱期の日本を舞台に、日本人を主人公に描いた。
 イシグロさんの名前を世界に広めたのは、英国で最も権威あるブッカー賞を受けた「日の名残(なご)り」(89年)だ。荒涼とした英国の自然を背景に、英国貴族につかえる老執事の人生をつづり、英国を代表する作家となった。映画化もされ、アカデミー賞8部門にノミネートされた。
 カフカ的不条理に放り込まれたピアニストが主人公の「充(み)たされざる者」(95年)、日中戦争下の上海を舞台にしたミステリー仕立ての「わたしたちが孤児だったころ」(00年)と新境地を開拓した。
 05年の「わたしを離さないで」は、臓器を提供するためにクローン技術で生まれた若者たちの苦悩を描き、大きな反響を呼んだ。「人間の本質とは何かを描きたかった」という。ベストセラーになり、映画・ドラマ・舞台化された。
 09年、初の短編集「夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」を発表。音楽家を目指したこともあるイシグロさんが、人生や愛の終わりとかなわぬ夢を描いた。
 15年の「忘れられた巨人」は、伝説の英雄アーサー王が亡くなった後のイングランドで、竜が吐く霧のせいで記憶を失った老夫婦が旅をする。人種差別や戦争の記憶など、さまざまな記憶を想起させる作品。朝日新聞のインタビューに「これは夫婦の記憶の話であると同時に、社会の記憶の物語でもある」と語った。(下司佳代子=ストックホルム、編集委員・吉村千彰
■主な作品
・遠い山なみの光(1982年) 英・王立文学協会賞
・浮世の画家(1986年)
・日の名残(なご)り(1989年) 英・ブッカー賞
・わたしたちが孤児だったころ(2000年)
・わたしを離さないで(2005年)
・忘れられた巨人(2015年)